ワインを少し感じる暮らし

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ソムリエを目指していたころ―1〜パリ行き〜

<<   作成日時 : 2008/02/28 08:53   >>

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 あの頃! といいましても1985年ごろに、私は横浜のバー・レストランで仕事を始めたのですが、そこのシェフが“フランス帰り”の人で、何かあるたびに「フランスではサー」という感じで、事あるごとに、役に立つこと!たたないこと?まぜこぜにいろいろと語ってくれたのですね。そんなことからいつかはフランスに行ってみたいという気持ちはあったものの、いつどうやって、まではあまり考えず、漠然とおぼろげに「行きたいナー」みたいな感じで過ごしていました(なんといってもフランス語ですしね。大変、大変)。

 そんなある日のこと、職場の同僚が買ってきた倹約旅行が詳しく載っている旅行雑誌に“いまならフランス往復いくらです”みたいな記事があり、「これなら私でも行くことができるではないか」と刺激を受け、鼻息荒くチケットを買いにいったのを覚えています。
 そこですごした、初めてのパリ一週間がとても楽しかったため、その後約一年間必死にバイトをしてお金をため、本格的に再度フランスを目指したのが1988年の秋ごろです。何とか早く仕事をしなければと思ってはみるものの、なんといっても相手はフランス語、まずは学校に通って、住むところを探して、とやることが山積みです(寒くって風邪もきついのをひきました。交通機関のストライキもあり、とにかくよく歩きました)。
 その後なんとか職場を見つけて“がたがた”とフランスでの生活が始まっていくのですが、あの頃はワインに関する本というものは本当に少なくて、柴田書店から出ていました、アレクシス・リシーヌが書いた『新説フランスワイン』ぐらいしかなく、この本と辞書をかばんに入れて旅立ったのを思い出します。

 パリの暮らしでは有り余るほど時間があったので、“得意の歩き”でいろいろな酒屋を回って、実際に店の人と恐る恐る話してみたり、日曜日は店が閉まっているので(これ幸いと落ち着いて)ガラス越しにおいてあるワインのメモをとったり、有名レストランのメニューを書き写したりと、いろいろと工夫していたようにおもいます。
 いろいろとやっていくうちに「やっぱり場所と連動するのが必要なんだ、基本なんだ」ということに気づき、ボルドーのシャトーの場所を地図を見ながら書き写したり、ブルゴーニュの村や畑の位置をやはり同じように本を見ながら書き写しては、早くいろいろ飲みたいもんだと思いながら暮らしていました。まだその頃はキュイジニエとして調理場で働いていましたので週末に買ってくる安いワインくらいしか飲む機会が余りなかったのです。
 それでも“ヴォーヌ・ロマネ(Vosne Romanee”と“ボーヌ(Beaune)”(店の親父に勧められたので、発音的によくわからなかった)との違いもわからぬまま買って来たワインをじっくり飲んだり、それなりにつつましやかに楽しくワインの世界の楽しさにのめり込んでいったものです。特に抜栓してからの時間の経過による変化は、すぐに飲みきらないように、ゆっくりゆっくり時間をかけて飲んだことから学んだことが多いように思います。
(つづく)
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