ソムリエを目指していたころ―3 ソムリエたち
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作成日時 : 2008/03/27 10:10
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パリ・ソムリエ協会のデギュスタシオン(degustation=テイスティング)に参加を始めて「ものすごく! ものすごく!!」夢中な日々が続きました(毎週一回だけなんですけれど)。
というのもこれまでは“本の中”でしか知ることができなかったワインに対するコメントを、ライブで聞くことができるからです。
座っている場所もなかなかに微妙で、一番前には「コンクール狙います! これから行きます!」みたいなベテランと、後ろのほうには「これからがんばります!」みたいな若手が、「当てられたらどうしよう?」みたいな顔で座っています。
さらにフランスならでは、だと思うのですが、左奥のコーナーはもう引退した、かなり年配のソムリエが座っていて、あまり参考にならない意見を、「マディランかー、あの辺には昔一度行ったことがある」とか、(求められたりしてもいないのに)ぶつぶつしゃべったりしています。
人によって感じ方や表現の違いはもちろんあるにせよ、現役のソムリエがお互いにコメントを述べ合うという環境は私にとってすごく役立ちましたし、自分の意見に近い感覚のソムリエを見つけて、コメントに用いる単語の数や種類を身に着けようと必死に聞いていました。その当時の、“LA MAREE”という店にいたソムリエなのですが、分析も細かく、論理的な考え方によって結論を導いていく、というやり方にすごく影響を受けたりもしました。
しかしなんといっても私を夢中にさせたのはその当時のホテル・リッツのシェフ・ソムリエをしていたジョルジュ・ルプレという人の存在で、彼は声楽をしていたということで、姿勢は背筋からピンと立ち、声が良く響きます。鼻はもちろん大きく、目にはしっかり力があふれ、語学も堪能と、まさに世界のホテル・リッツにふさわしい感じで、なんといっていいのか、私がイメージしていた正統派のソムリエという資質をまさにすべて備えたような人だったんです。
セミナーでは、彼が司会の役割で、まず若手のソムリエから指していき、造り手の前で自分の勤務先、名前を述べさせたうえで意見を言わせます。若手が間違った判断や、少し思い込み的な意見を述べると、「それはどこから得たものによる判断なのか?」と厳しく、しかし育てていくという感覚にあふれた声で、細かいポイントを指摘していきます。
その後で“コンクール狙いますグループ”に意見を述べさせ、最終的な判断に持っていくのです
やはり、リッツの若手は世界戦を意識した意見というものを常に準備していましたし、後に私の勤務先となる、ビストロ・デュ・ソムリエのオーナーのフォールブラック氏や、後の世界ナンバー1になる、オリビエ・プーシエ氏などの、まさに才気あふれるコメントを聞くことができたりと、恵まれた環境だったと思います。
前回2005年にボルドーに行ったときにサンテミリオンのシャトーで、今をときめく醸造コンサルタントのミッシエル・ロラン氏のアシスタントの人と話したのですが、話していくうちに、お互いになんとなく見覚えがあるよねーということになり、「そういえば1990頃パリの協会に行ってた?」みたいな話が弾み、お互いこの業界長いねーなどと笑いあったりしました。
現役のソムリエがワインを味わってコメントを言い合うというこの環境を知ることができ、毎回仕事の合間に何とか時間を作って通ったことによって、身につけることのできた経験。時間はかなり長く過ぎ去りましたが、あのころのジョルジュ氏の声の張りや、オリビエの機関銃のようなコメント、フィリップの落ち着いた物腰など、いまだに私の毎日の仕事に大きな力を与えてくれているように感じています。
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